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チンパンジーの権力闘争:京大グループによる研究


人間に最も近い種であるチンパンジーについて、その行動特性や知的能力が明らかになってきたのは、つい最近のことに属する。そこには科学者たちによる、辛抱強い調査活動があった。中でも意義が高いとされるのは、ジェーン・グドール女史による個体の知能の研究と、京都大学の研究グループによる、集団の行動様式の研究だ。

グドール女史は、野生のチンパンジーを餌付けして彼らと仲良くなり、一人ひとりの個体に実験を施すことによって、その知的能力を解明しようとしてきた。その結果、チンパンジーが著しく高い知能を有し、場合によっては人間よりも高い能力を発揮することがわかってきた。

これに対して、京大の研究グループは、草創期のリーダー今西錦司博士以来、個体よりも集団にスポットをあて、チンパンジーの社会的な行動様式を追及してきた。彼らはこの研究から、チンパンジーの社会が、人間の社会と同様、巧妙な仕掛けに満ちていることを明らかにしてきた。

今日では、こうした集団と個体と双方に関する研究を交差させることで、チンパンジーについての理解をより深めようとする動きが強まっている。

京大グループの研究拠点の一つに、タンザニアのマハレ山塊というところがある。タンガニーカ湖の東岸のほぼ中央部に、こぶのように突き出ている半島状の土地だ。陸路沿いでは近づけないほど山深い場所で、そこへ行くにはキゴマの街から船でまる一日かかる。

この場所に住むチンパンジーの集団を今西博士らが研究し始めたのは訳50年前のことだ。現在では西田利貞博士がその研究を受け継いでいる。その様子を NHK の報道番組が特集していたので、ここに取り上げてみたい。

番組は群れの中の権力闘争をテーマにしていた。主人公はカルンデという44歳になる雄のチンパンジー、人間で言えば70歳の老人だそうだ。白髪頭が薄くなっているのは、人間の老人と異ならない。この老人が、群れの動向に結構大事な役割を果たす。チンパンジーにも年寄りの知恵や威厳を大事にする文化があるようなのだ。

群れは60頭ほどで構成されており、現在のリーダーはアロフという25歳になる雄だ。人間で言えば30歳代後半といったところらしい。これに19歳になるピムという雄が、覇権をかけて挑んできた。この二人の争いが、群れの中に緊張感をもたらし、時には群れの秩序が崩壊しかねない危機的な状況まで現れる。

群は内側で分裂し求心力を失うと、外部からの侵略に耐えられなくなる。チンパンジーの集団はそれぞれに縄張りを持っていて、相互の力関係によっては、集団同士が侵略しあったりもする。人間の部族間の争いと似たところがあるのだ。

アロフによる挑戦は、ディスプレイといわれる力の誇示によって示される。直接実力を持って相手を打ち倒すといったことはしない。チンパンジーは鋭い犬歯をもっていて、それでかみ合ったりすると、致命傷にもなる。力を直接行使するかわりに、ディスプレイによってそれを表現することで、無用の争いを回避しようとする知恵が働いているのだろう。

ディスプレイとはいえ、それは体内にみなぎるパワーを表現するものであるから、相手を威嚇するには十分な効果を持つ。事実アロフは、ピムの度重なるディスプレイに、最後には怖気づいてリーダーの地位を明け渡してしまうのだ。

チンパンジーの社会は、リーダーを頂点にして、厳しい序列がある。序列の高いオスは、メスの獲得をはじめ、生きていくうえで有利な様々の特典がある。だからオスたちは、自分の序列を高めるために必死の努力をする。リーダーになることは、オスにとって究極の目的なのだ。

というのも、オスは生まれて以来死ぬまで同じ集団にとどまり続ける。集団は自分が生きていく環境そのものなのだ。これに対して、メスのほうは、成人すると他の集団に嫁入りしてしまうらしい。

ピムとアロフの権力闘争はなかなか決着がつかない。彼らは自分の戦いが有利になるよう、どちらもカルンデを見方に着けようとする。チンパンジーの中でリーダーとなるためには、単に力が強いだけではだめで、人望がなければならぬ。知恵のある老人が味方してくれることは、人望があることの証となるようなのだ。

アロフは次第にピムの力をこわがるようになったが、ピムのほうは力が強いだけで、あまり人望はない。こうしてどっちもどっちといった状態が長く続くうちに、強力なリーダーを持たなくなった群が、秩序を失う兆候を見せ始めた。こうなると、集団の結束力がなくなり、他の集団から狙われやすくなる。

番組はここで、彼らのテリトリーに侵入してきた小さな猿の集団を写していた。猿たちはどうやら、チンパンジーたちが内紛にまぎれてパトロールをおろそかにしているのをみて、侵入してきたようなのだ。だがこれをみたチンパンジーたちは、いっせいに猿たちに襲い掛かった。そして猿たちを追い詰めて捕らえると、その肉を食い始めたのである。カルンデも枝から落ちてきた猿を捕らえると、それを食った。メスたちが近づいてくると、お相伴に預からせてやる度量もみせてくれた。

番組はこの様子をチンパンジーによる狩と紹介していたが、そんなに単純なものではないだろう。それは外敵を撃退する行動と、それに伴うパフォーマンスであったと考えられるのだ。チンパンジーは、自分たちのテリトリーの周辺を絶えずパトロールし、そこに敵を見つけたときには、攻撃して殺した上、その肉を食う習性をもつ。敵として殺したり食ったりする相手は、通常は同じチンパンジーなのである。人間社会における戦争と、あまり異なるところはない。

さてこのあたりで、カルンデはピムに味方する気持ちになったようだ。そうしないと集団が深刻な分裂状態に陥り、全体の崩壊につながると判断したのだろう。衆目の前でアロフを侮辱し、自分はピムに味方していることを見せ付けたのである。

こうしてピムは集団全体から新しいリーダーとして認知され、みなの祝福を受けた。祝福といっても、それは服従の意を示すことに他ならない。新しいリーダーの下にはせ参じて、グルーミングの仕草をするのである。これをやっておかないと、どんな報復を受けるかわからないからだ。これもまた、人間の社会と全く異なるところがない。リーダーの座を追われたアロフも、ピムに対してうやうやしい服従の仕草を捧げた。

この番組ではチンパンジー社会における権力と序列、そして秩序を支える行動様式といったものに焦点を当てていた。このほかにも、チンパンジーの社会には、面白いことがいっぱいあるのだろう。それらを詳しく研究すれば、我々人間自身についても、深い知見が得られるかもしれない。







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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2012
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