動物写真を楽しもう〜壺齋散人の生命賛歌
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鴨(鳥類)の生殖器官


梶井基次郎の短編小説「交尾」を読んだ人は、一度はその趣向の斬新さに関心したに違いない。梶井基次郎という作家にはどことなく妙なところがあるから、こんな妙なものに着目したのだろう、と。

この小説を読んだからといって、蛙の生殖の実態やその生殖器官について知識が豊かになるわけではない。普通の読者ならそんなことにこだわったりはしないだろう。まして、人間以外の動物がどんな生殖器官をもっているか、そんなことを知りたがる人はさらさらいないであろう。

ところが世の中には色んな人がいると見える。先日は、鳥類の生殖器官を熱心に研究している学者がいることを知り、いたく感心させられた。In Ducks, War of the Sexes plays out in the Evolution of Genitalia By Carl Zimmer : New York Times

行動生態学者のパトリシア・ブレナン Patricia Brennan 女史は、鴨の生態を観察していて、オスのファロス(ほ乳類のペニスにあたる)が異常に大きいことに気づいた。中には自分の体長に相当する巨大なファロスの持ち主もあった。興味を覚えたブレナン女史は、追跡調査を始めたのだが、その結果これらの鴨のファロスは春の始めの頃は米粒くらいの大きさであるのに、次第に肥大化して途方もなく大きくなり、秋の終わりの頃には消滅してしまうことがわかった。

だいたい鳥類のオスというのは、ファロスを持つこと自体珍しいのだそうだ。鳥類に属する種の97パーセントは、オスが突起したファロスをもたず、性腺のあるところの穴を開いて精液を送り出すという。だからこんな巨大なファロスを持った鳥に接して、女史がいかに驚いたか、察することができよう。

ブレナン女史の驚きはそれのみに止まらなかった。鴨の種類の中には、螺旋型をしたスクリューのような形のファロスを持つ者もあったのである。

鴨のファロスがなぜこんな奇怪な形状をしているのか。女史は色々思案した挙句、その理由が雌のほうにあるのではないかと考えて、雌の生殖器の形状を詳しく解剖調査してみた。その結果、雌の生殖器のヴァギナにあたる部分が、著しく複雑な形状をしていることがわかったのである。

それは、オスのファロスのスクリューのような複雑な構造に対応するかのように、ジグザクとして、途中にポケット様の緩衝地帯があったりする、複雑怪奇な形状を呈していた。

雄雌それぞれが、互いに対応した生殖器の構造を共有する、オスの生殖器に著しい形態の異常があったら、それを受け止める雌のほうにも、対応した形がある、そう女史は考えた。

雌の生殖器が単純な管状のものであれば、オスの生殖器の構造も複雑である必要はない。雌の生殖器が複雑に入り組んだ形状をしていれば、オスの生殖器もそれに併せて進化せざるを得ない、これが当面の女史の結論であった。

しかし、雌が何故生殖器の構造を複雑化させるようになったのか、という問題が残る。

鳥類は夫婦仲のよいことで知られた動物である。通常は雌が雄を選び、いったんカップルが成立すると、ずっと寄り添いあって子育てをする。ところが鴨の類は、オスによるメスのレイプが盛んなことでも知られている。カップルを築けなかったオスは、メスを見つけると、ところ構わずレイプに及ぶのである。

メスが生殖器官を進化させたのは、レイプへの防衛策ではないか。女史の解剖学的研究によれば、レイプされたメスは、オスの精液を生殖管内にあるポケット状の部分にいったん収納し、そこから体内へと導くこともあれば、逆にポケット部分を反転させて、たまった精液をはき出すこともできるという。この結果、たとえレイプされても、望まない卵を産む確率はわずか3パーセントに過ぎなかったそうだ。

こうしてみると、オスのほうが、ファロスをますます長大化させ、スクリューのように巧妙なものへと変化させてきたのは、以上のようなメスの防衛策を乗り越えて、確実に子孫を残すための、自然のからくりだったのではないか。

これがブレナン女史のたどりついた一応の結論である。







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