動物写真を楽しもう〜壺齋散人の生命賛歌
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カラスは利口な生き物



カラスの知能が高いことは良く知られている。日本に生息するカラスはハシブトガラスがもっとも多く、それにハシボソガラスが続くが、どちらも利口な生き物である。ヨーロッパやアメリカではワタリガラスが多いようだが、これも非常に利口らしい。

日本人は長い間、カラスと不思議な共存を続けてきた。カラスは雑食性であるので、一方では小さな害獣や害鳥を退治してくれたが、他方では農作物を荒らすため、農民たちには頭痛の種ともなってきた。案山子を用いて害鳥を追い払おうとするのは、記紀の時代からの旧いやり方だが、頭のよいカラスにかかっては、ほとんど効果がなかった。

カラスの知能が高いわけは、脳が発達していることにある。大脳の体積はチンパンジーにひけを取らないというから、普通のサルよりは立派な脳を持っているのである。その結果対象の認知能力に優れ、類推判断の能力も発達しているらしい。

ニュージーランドの研究グループが、最近ニューカレドニアガラスを対象に行った実験によれば、これらのカラスは普段から小枝を用いて蟻穴から蟻をほじくりだす行動を示していたが、全く新しい状況下に置かれても、すばやく道具を用いる技術を体得することがわかったという。

例えば檻のまんなかにカラスの好物を入れて目の前におき、足元には短い棒、別の檻の中には長い棒を入れておく。カラスは始め短い棒をくちばしに銜えて檻の中のえさをとろうとして失敗するが、すぐにその短い棒を用いて長い棒を手繰り寄せると、今度はその長い棒を用いてえさを取り出すことに成功した。ひとたび成功すると、二回目以降は難なくえさを手に入れることが出来るようになり、しかもシチュエーションを変えてもすぐさま、長い棒を用いてえさをとることができた。

同じ実験を、オマキザル Capuchin Monkey に施すと、オマキザルは何度も試行錯誤を繰り返さないとえさをとれるようにならないし、シチュエーションを変えると、振り出しの状態に戻る。

この実験からわかることは、カラスが高度の類推能力を備えていて、一度学習したことがらについては、2度目以降も、またシチュエーションが変わっても、それを簡単に再現できるということだ。つまり新しい状況を、以前に体験したこととの類比において判断する能力があるということである。この類推能力は、人間の知能にあっても基本になるものとされるので、カラスがいかに知的能力にすぐれているか、よくわかるというものである。

この実験を別にしても、日本のカラスには、胡桃の実を路上においてそれを自動車のタイヤに踏ませたり、また神社の賽銭箱から100円硬貨を盗み出して、それでもって自動販売機から鳩のえさを購入した例も報告されているというから、彼らの知的能力はチンパンジー並みの高さに達していると思われるのである。

カラスの類推能力は、人間の個体識別まで可能にしているらしい。だから彼らは、悪い人間に出会うと、間違うことなくその人間を目標に攻撃し続けるのである。

ところで筆者には、カラスとの一風変わった交流の思い出がある。秋も深まったある日、筆者は新宿御苑を散策し、ベンチに腰掛けてサンドイッチを食っていた。たまたま近くには一羽のカラスがいて、筆者のほうを見るともなく見ている様子であったが、そのうち二人の目が合ってしまった。そのとき筆者はとりたてて意識するほどのこともなかったのだが、カラスの方ではどうしたわけか、筆者に親近感を覚えたらしく、筆者の足元まで近づいてきては、筆者のほうを見上げたりする。

おそらくサンドイッチのお相伴にあずかりたいのだろうと思った筆者は、そのカラスにパンのかけらを投げ与えた。これが事の始まりとなったようなのだ。

カラスの仲間が2羽、3羽とやってきた。筆者は彼らにもパンのかけらを投げ与えた。だがそうするうちに、カラスの仲間は次々とやってきて、筆者の周りを大勢で取り囲むような形になった。なかには筆者が腰掛けているベンチの背もたれの上に飛び乗って、筆者の肩越しにサンドイッチを伺うものまで現れた。こうなっては、悠然と自分ひとり食っていられる場合ではない。筆者はサンドイッチを引きちぎっては次々と投げ与え、ついに手元は空になった。さすがに利口なカラスだから、それ以上おねだりする様子は見せなかったが、なかなか筆者のもとを去ろうとはしないのだ。

大勢のカラスに囲まれた筆者は、他人の目にはさぞ異様に映っただろうと思う。何しろ、数十羽のカラスが、お相伴にあずかったものも、あずかれなかったものも、おとなしく筆者の周りをうろつき歩いているわけだから、筆者はさながら魔法のカラス使いのような風情を呈していたにちがいない。

だがさすがの筆者もそのうち気味が悪くなり、その場を立ち去ろうとした。カラスをびっくりさせないように静かに立ち上がると、そっと歩き出したのだが、何とカラスたちはその筆者の後を、ぞろぞろとついてくるではないか。途方にくれた筆者はなおも歩き続けると、カラスたちは筆者の頭上をゆっくりと飛び回ったり、或いは筆者の前に立って露払いをするものまである。

そのときの筆者とカラスたちの様子を想像できるだろうか。少なくともカラスたちが筆者に悪い感情を持っていなかったことだけは確かなようだが、カラスにまとわりつかれた筆者のほうは迷惑千万だったのだ。

そこで筆者は最初に出会ったカラスに向かって、情けなさそうなゼスチャーでよびかけ、「もういいから、いってくれ」と頼んだ。

筆者の思いが通じたのかどうか、それはわからない。だがカラスたちは、まるで一斉の合図でもあったかのように、速やかに飛び去っていったのだった。







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